2012年05月25日

5月8日「春の夜の街」

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5月8日の誕生花
「シャクナゲ」
・シャクナゲ科
・英名:〈Rhododendron〉
・別名:シャクナンゲ
*花言葉*「荘厳」



 借りていたDVDのことを思い出し、返却日を確かめてみると、あと1日しかありません。
 あわただしく観終わったころには、すでに夜の11時過ぎ。自転車を飛ばして、なんとか今日じゅうに間に合いました。

 必死になってペダルを踏んできたので、シャツが汗ばんでいます。ジャケットを脱いで自転車のカゴに放りこむと、家へと向かいます。
 ほんの一月まえまであんなに寒かったのに、いまでは吹く風も心地よいものでした。

 暑くもなく、寒くもない。まるで、天然のエアコンです。もしも極楽というものがあるのなら、きっとこんな陽気なのでしょう。
 行きは気持ちが焦っていて気がつきませんでしたが、ほのかにジンチョウゲが香ります。そういえば、もう急ぐ必要などないのだと気づき、歩くよりも少し速い速度で自転車を漕ぎます。

 暗い街のなか、ポツンポツンと立つ街灯の明かりが、世界をにわかに不思議な光景へと塗り変えます。
 レンガを敷きつめた遊歩道、サツキやアヤメを植えたプランター、赤、白と交互に並ぶハナミズキ、それらの何もかもが、まるでおとぎの国のように懐かしく目に映ります。

 いま感じているこの胸騒ぎは、不安で湧きあがるあのいやな感じとはまったくの別ものでした。そわそわと落ち着かなくなるのはどちらもいっしょですが、踊りだしたくなるような、自然と微笑みたくなるような、くすぐったい気持ちなのです。

 最後にこの感覚を味わったのは、いったい、いつだったろうか、と思いめぐらせました。
 仲のいい友だちとどこかへ旅行に出かけたときだったかな、いや、もっと昔、家族そろって遊園地に行ったときだったかもしれません。

 ふいに、街そのものが、こども部屋のような気がしました。いるだけでほっと安心できる、自分だけの王国。
 こども部屋には強力な魔法がかかっていて、あらゆるものから守られているのです。隅から隅まで知りつくしているし、何をしようと誰にも口出しのできない、絶対領域なのです。

 いつもはただ通りすぎるだけの道が、この日にかぎり、親しみのこもった夢の回廊となりました。
 あの電柱もこのコンクリートの塀も、わたしとすっかり融合しているのです。もしも、電信柱のてっぺんから街を見渡したいと願えば、たちまちそれは叶って、次の瞬間には暗く広がる無数の屋根を目にすることでしょう。

 夜をわが世と決めているネコになって、塀から塀、路地から路地をさまよい歩くのも楽しそうです。
 闇のなかで目をきらきらと輝かせて、どんなささいな面白いことも見逃すつもりはありません。
 さぞや、愉快な冒険になるでしょうね。

 ときおりすり寄ってくる風は、ついでに思い出も運んでくるらしく、記憶の底をチクリ、チクリとつつきます。
 ずっと昔、あんなことがあった、こんなこともあった、と次から次へと情景が浮かんでくるのです。

 この季節だけ起きる、束の間の蜃気楼。
 いく度か雨が降れば、もうまもなく梅雨がおとずれます。やがて雲が切れ、ついには白日夢のような夏がはじまるのです。
 厳しかった冬が眠りにつき、うだるような夏が目を醒ます、ちょうど境こそ、春の夜なのかもしれません。
 豪快で奔放な2つの季節が見る夢に、どうやら、わたしは巻きこまれてしまったようです。

 わたしはとうとう自転車を降り、押して歩きだしました。
 できるなら、このままずっと巻きこまれたままでいたい、そう切望しながら。


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シャクナゲ

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2012年05月23日

5 5月7日「江の島」

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5月7日の誕生花
「スターチス」
・イソマツ科
・英名:〈Sea lavender〉
・別名:シーラベンダー
*花言葉*「永遠に変わらず」



 甲府発の高速バスが談合坂あたりに差しかかったとき、とうとう雨が降りだしました。
「ああ、やっぱり今日は中止にしておけばよかったかなあ」
 先々週から、この日曜日には江ノ島へ行こう、そう予定を立てていたのです。朝、まっ先に見た天気予報は、曇りときどき雨といっていましたが、バスのキャンセル料が惜しいのと、なんとか空がもってくれるのではないかという、あてにならない希望にかけて、出発を決めたのでした。

 雨はしだいに強くなっていき、この様子ではしばらく止みそうにありません。
 八王子に着くまでにあがってほしいと願いましたが、それもむなしく終わりました。

 バッグから折りたたみの傘を取りだすと、降りしきる雨のなかを、とぼとぼと北八王子駅に向かって歩きます。八高線で町田まで行き、そこから小田急線で藤橋まで、さらに江ノ電に乗り換えて江ノ島までいくのです。
 バス停から駅までは、思っていたよりだいぶありました。おかげで、駅に着いたころにはズボンの裾がびしょびしょです。
「あーあ、やっぱり、部屋でのんびりしていればよかった」
 わたしはまた、ため息をつきました。

 藤橋で江ノ電を待っていると、だんだんと雨が小降りになってきました。
「このまま止んでくれるといいんだけど……」灰色の空を見あげて祈りました。
 江ノ電に乗るのは初めてでした。車内は、どこか懐かしい気持ちにさせられます。こどものころ乗っていた、都電に似ているからかもしれません。

 都電も住宅街の間を縫うように走りますが、江ノ電はそれよりもさらに狭いところを行きます。手を伸ばせば、家々の軒にまで届きそうです。
「いいなあ、江ノ電――」さっきまで外出を後悔していたのに、もうすっかり忘れています。
 江ノ電が都電と違う点はほかにもあります。美しい湘南の海を眺めながら走行することです。自然と、心がうきうきしてきます。
 片瀬江ノ島駅までは10分ばかりの行程でしたが、その間に雨はすっかりあがり、雲の間から日が差しはじめていました。

 江ノ島弁天橋を渡ると、すぐに青銅の鳥居が迎えてくれます。観光案内の写真などでもしばしば目にするため、初めて訪れた気がしません。
 鳥居を1歩くぐると、そこから先は土産物屋や食事処が隙間なく並ぶ、参道です。クルマ1台がやっと通れるほどの幅しかなく、行き交う人たちでたいへんな混雑です。
 あっちでもこっちでも、サザエやハマグリを焼いていて、その香ばしい匂いについ喉が鳴ります。

 参道は坂道になっていて、さらに行くと階段が始まります。登ってみると、これがなかなか急なのです。
「ふう、疲れるぅ。思ってたよりも高い山なんだなあ」それがわたしの率直な印象でした。
 江ノ島はそれ自体が神社で、いくつものお宮が置かれています。すべて見て回るには、頂上まで登らなくてはなりません。
「もう、降りちゃおうかな」
 そう考えはじめたとき、「エスカーのりば」なる看板を目にしました。

「なんだろう、エスカーって」まるで、未来の乗り物のような名前です。一見古い島ですが、実はハイテクが使われているのかもしれません。
 乗車料350円を払って、さっそく乗ってみました。
「これはっ……!」初めて乗った人は、誰もがわたしのように驚いたのではないでしょうか。
 エスカーというのは、実はエスカレーターのことでした。

 島のてっぺんには、「サムエル・コッキング苑」が広がっています。明治時代の貿易商、サムエル・コッキングが、当時としては大規模な温室を備えた植物園として作ったそうです。
 その敷地内には、近年、新しく建て替えられた灯台兼、展望台がそびえます。
 なんとかと煙は高いところに登りたがる、といいますが、もちろん、わたしも展望台に上がりました。

 さっきまで降っていた雨のせいで、せっかくの眺めが霧に霞んでほとんど見えません。晴れていれば、遠く富士山も浮かんで見えるというのですが。
 展望台の周囲を、数羽のトンビがぐるぐると飛び回っています。時折、窓のすぐそばにまで迫ってきて、束の間、お互いの目が合ったりしました。

「空を自在に飛べるって、きっと楽しいんだろうね」わたしは心のなかでそう話しかけます。
(まあね。好きなときに好きな場所へ行けるんだぜ。その気になりゃあ、よその国にだって、ひとっ飛びさ。ま、いまはこの江ノ島がオイラのお気に入りだけどなっ)
 そんな言葉が返ってきそうな気がしました。


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スターチス

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2012年05月21日

5月6日「カレーライス」

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5月6日の誕生花
「シラン」
・ラン科
・英名:〈Bletilla striata〉
・別名:ベニラン、ビャクギュウ
*花言葉*「楽しい語らい」



 友人の桑田孝夫が、なにやら深刻そうな顔でやってきていうのです。
「なあ、おれ、いったいどうしたらいいんだ?」

 わたしは桑田を部屋にあげました。
「とりあえず、なにか食べようよ。もうすぐお昼だしさ。夕べの残り物だけど、いい?」
「ああ、ごちになるわ……」
 そこでわたしは、1晩寝かせたカレー・ライスをレンジで温めなおして、テーブルに出しました。
 すると、
「ああ……」桑田はがっくりと肩を落として、ため息をつくのです。

「なんだよお、カレー好きだったじゃん。それとも、うちのはまずくて食べられないっていうつもり?」わたしはいささか、むっとしていいました。
「あ、いや。そうじゃねえんだ。今日、相談に来たのってまさに、『カレー』のことだったんでな」
「はあ?」

 先週のことだったといいます。
 実家で母親と暮らしている桑田は、(たまには、手料理をほめてやるか)などと、殊勝なことを思いつきました。
「母さんのこの料理、ほんとにうまいな。店に出せるんじゃない?」そう褒めちぎったそうです。
 その料理というのがカレー・ライスで、すっかり気をよくした彼の母親は、それからというものカレー・ライスばかりを作るようになったのだとか。

「週に3回もだぞっ、3回! つまり、のべ2日に1回の割りだ。いい加減、飽きるっつうの」桑田はそういって憤慨しました。
「ばかだなあ、やりつけないことをするから」わたしが腹をかかえて笑うと、
「おまえにも責任があるんだぞ」といい返します。
「えっ、なんで?」
「『たまには母親の料理をほめてやらなきゃダメだよ。たとえ、親子の関係だとしたってさ』、そういったのはおまえじゃねえか」
 あ〜……思いだした、それはたしかにわたしです。

「しかもよ、おれの大っ嫌いいなタマネギをふんだんに入れるんだぜ。ついでに好き嫌いを直してやろうって魂胆丸だしでさっ」
「素直に『もう、カレーはけっこうです。飽きました』っていえばいいじゃない」
「いえるかよ、そんなこと。なあ、どうしよう。どうしたらいい?」
 うーん、とわたしも考えこんでしまいました。

「毎日ってわけじゃあ、ないんだよね?」わたしは聞きました。
「ああ、さすがにそれはねえよ。まあ、1日ごと、といった感じかな」
「なら、違うメニューのときもあるってことだよね?」
「そうだよ。煮物だったり、天ぷらだったりな」桑田は答えます。
「だったら、べつの料理が出たときに、それをべた褒めすればいいんじゃないかなぁ。カレーばかりが料理じゃない、ってわかってもらえるはずだよ」
「おおっ、さすが花田。頼りになるぜっ」
 桑田はぱあっと顔を輝かせ、たったいま空腹であることを思いだしたらしく、冷めかけたカレー・ライスをかっこむのでした。

 しばらくして、桑田がまた困ったような顔で訪ねてきました。
「なあ、相談に乗ってくれよお……」
「こんどはどうしたっていうのさ?」
「あのあと、カツ丼が出たんで、おまえにいわれた通り、そいつを褒めたんだけどな」
「うん」
「それ以来、晩飯がカツ丼になっちまって……。カツ丼は好きだったんだが、いまじゃ見るだけで胃がもたれて。どうしたらいいんだ?」


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シラン

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